アルムの書斎

【ざっくり世界史解説】

chapter7

〜「欲」はほどほどに〜

ざっくり世界史解説

どうも、アルムです。

今回は「ざっくり世界史解説」のchapter7「~「欲」はほどほどに~」ということで、いよいよインドの歴史に入っていこうと思います。

インドに対してのイメージって、皆さんどんなものを持ってるんでしょうかね?僕は学校の世界史でインドの歴史を詳しく教わったことなんてほとんど無いんで、中東とかヨーロッパと違って全く予想ができないんですが、おそらく三者三様の答えが出るんじゃ無いかなと思います。

カレーで有名とかはまあ知ってて、インド映画があるみたいな話もよく聞きますね。あと「タージ=マハル」みたいな有名な遺産があることも聞いたことがあって、宗教だと、「仏教」とか「ヒンドゥー教」が誕生したなんてことも聞いたことある。ただ、2つの違いはよく分かんなくて、「ヒンドゥー教」に至っては何の宗教なのかすら知らないって言う方も多いかもしれません。あと、ニュースをよく見てる方なんかは、現在のGoogleのCEOがインド出身だなとか、ラマヌジャンとかインド式暗算が有名だったり、「数学とかテクノロジーに強い」と言う印象を持ってる方もいるかもしれません。

これだけ見ても、「インドって、いろんな特徴が混ざった国だよな」と感じるかと思います。

そう、今回解説するインドという国は、まさにこの「混ざった特徴」というのが大きなポイントなんですね。インドは、地理的にもヨーロッパと中国の間にあるような国ですし、文化的にも「仏教だけ信仰してる」というイメージはそこまで強く無いと思います。いろんな国の文化が混じりあった結果、独自の文化を作り上げてきた国、それがインドです。

今回は、そんな多様性に満ちたインドがどんな歴史を経てきたのかについて、分かりやすく解説していきたいと思います。今まであやふやでよく分からなかったインドの姿がはっきりと見えてくると思うので、ぜひ最後までご覧ください。

それでは、早速いきましょう。

さて、インドもこれまでの地域史と同じように、まずはその個性を掴んでおきましょう。インドの個性を一言で言うと、「成り行きで生まれた多様性」です。いろんな特徴が混ざってるというのはさっきも言った通りなんですけど、注目してほしいのは「成り行き」と言う部分です。つまり、初めから「多様性にあふれた国家にしよう」と思って多様性が特徴になった訳では無いってことです。これが一体どういうことなのか、後々わかってくるので、今は「へぇ、そうなんだ」ぐらいに思っといてくれれば十分です。

まずは文明の話からいきましょう。インドで起こった最初の文明は、「インダス文明」と呼ばれています。「四大文明」の一つに数えられるもので、聞いたことはあるかもしれません。今から約4600年前のインダス川周辺で始まったのがインダス文明なんですが、インダス川周辺の地域は「シンド地方」と呼ばれてまして、これが「インド」の語源になるんですね。

インダス文明では高度な都市が築かれた跡がたくさん残されていて、例えば城塞や住宅、それに、街路、さらには下水道網まで整備されていたと言われています。日本の縄文時代の文化は下水道なんて作られてないどころか、その概念すらまだ無いので、インダス文明がいかに進んでいたかは、時代感だけでもよく分かると思います。

高度な都市を築き上げたインダス文明ですが、中でも一番有名なのが「インダス文字」というやつです。古代文字で有名なものというと、エジプトの「ヒエログリフ」、メソポタミアの「楔形文字」なんかがありますけど、その有名どころの一つに間違いなく入るのが、このインダス文字です。

実はこのインダス文字、何といまだに解読がされていないんですね。理由は、文章が圧倒的に少ないから。長文が書かれたインダス文字があればいいんですが、残念ながらそれはまだ発見されてないということらしく、少ない文章で文字を解読するのはかなり難しいそうです。もし解読に成功すれば、その人は間違いなく歴史の教科書に載るでしょうね。

さて、インダス文明が衰退すると、今度は北西から「アーリア人」という民族がインドに流入してきます。中央アジア方面から流入してきて、インダス川流域に定住し始めます。このアーリア人がインドの北部に広がっていき、のちのインド文化を形成していきます。

一方、それまでインダス文明を築いてきた民族は、アーリア人に押し出される形で南インドに分布していきます。インドって地図で見ると逆三角形のような形してますよね。あの地形でいうと、左上に分布していったのがアーリア人、三角形下の頂点付近に分布していったのがインダス文明を築いた民族になります。

この辺りはヨーロッパの「民族移動」と少し似てますね。あの時ほど規模は大きく無いんですが、新しい民族が流入してくることで、それまで住んでいた民族が追いやられるという展開は、ヨーロッパとすごく近いです。歴史を学んでいくと、こういう全然違う地域の歴史でありながら妙な共通点が見つかったりするので、メチャクチャ面白いです。結局、人間考えることはあんまり変わんないのかもしれません。

さあ、アーリア人が流入して、インドで本格的に暮らし始めた時期を「ヴェーダ時代」と呼びます。「ヴェーダ」というのは、この時代の宗教文書をまとめた呼んだ名称のことです。具体的にどんな文書かというと、神に捧げる賛歌の内容をまとめた「歌詞集」のようなものです。アーリア人が、繁栄とか豊作を願って歌った賛歌の歌詞集が今でも残されていて、中でも「リグ=ヴェーダ」というインド最古の聖典がその代表です。

昔の歌詞集がその時代の生活様式を知ることができるツールとして保管されてるので、もし、今から何千年も後の人類が現代のJ-POPとかアニソンの歌詞の解読に成功したら、僕らの暮らしぶりとか文明の発達具合なんかも明らかになるのかもしれません。尤も、今はデジタル化が進んでるので、歌詞カードを見つけること自体は今よりだいぶ楽になってると思いますけどね。

さて、ヴェーダ時代も後半に入ってくると、人々が鉄器を使うようになって生産性が向上していきます。ただ、生産性の向上は、同時に格差を拡大させていくことにもなります。中東の歴史をやった時も、イスラーム教誕生のキッカケは商業の発展による格差の拡大だったという解説をしたので、やっぱりどの国の文明でも、「生産性の向上」と「格差の拡大」は表裏一体なのかもしれませんね。

格差が拡大したことで、アーリア人の中で身分制度が敷かれることになります。それが、「ヴァルナ制」というものです。これは、アーリア人を4つの身分に分けようというもので、一番高い位にが司祭階層・バラモン、次に位の高いのが政治や軍事的な支配者階層のクシャトリア、その次に庶民階層・ヴァイシャ、一番下が隷属民・シュードラと分かれます。

最上位であるバラモンは、さっき言った歌詞集の「ヴェーダ」を詠い読みながら儀式を執り行ったりして、ついにそれを宗教化して「バラモン教」というのを興します。バラモン教においては、司祭であるバラモンが指導者として振る舞うんですね。この「バラモンが一番偉いから。」というヴァルナ制の名残によって、インド特有の身分の概念「カースト」が生まれることになります。

この言葉はもう、現代日本で聞いたことない人はいないんじゃないですかね?「カースト」といえば、学生時代に存在した「スクールカースト」という謎の概念がありますね。誰が作った言葉かもわからないし、いつできたのかも分からないんですが、とにかくどの学校にも、「発言力のある奴」と「発言力のない奴」っていうのにいつの間にか切り分けられるんですよね。

しかもこれ、職場によっても存在してることがあります。上司、先輩、後輩という立場とはまた違う、なんか意味の分からない上下関係ってあったりするもんだと思います。

「カースト」はよくピラミッド型で表すことが漫画やアニメだとよくあるんですが、今回の「カースト」もそれと同じですね。つまり、司祭であるバラモンはピラミッドの頂点に位置してて、隷属民のシュードラはピラミッドの最下層に位置してるという構図です。元々日本で言われるようになった「カースト」という概念は、学校でいうと、クラスとか学年内とかで上下関係を勝手に作って、弱そうな人間を従えることを目的として作られたものじゃないかとされています。そうして、上下関係を予め学校内で暗黙に共有することで、弱いものいじめしやすい環境を作り出しているんですよね。だからインドの「カースト制度」を参考してしてるかと言ったら少し違う気もするんですけど、中身は似たようなものです。

学校というのは、少なくとも中学までは、同じ年の、同じ地域で生まれた奴らと行動を共にするんで、全員が全員自分と気が合うかと言ったら、そうではないです。なので、ちょっと力に自信があったり、弁が立つやつは、自分が気に入らない奴を見つけると、寄ってたかってその人を虐めたりするんですよね。僕が学生時代の時もそういう目にあってる奴をよく見かけてました。インドで作られた「カースト」も、そうして上下関係をつけることで人より優位に立とうという「欲の表れ」から作り出されたものだったんですが、その起源はインドだったんですね。これも知っておくと面白いと思います。

そうして権威を高めていったバラモン教だったんですが、こんな高慢ちきなことを続けていると当然、不満も高まっていきます。「バラモン教」という宗教は、司祭階層であるバラモンたちが威張るためだけに作られた、いわば「お飾りの宗教」なので、人々を苦しみから救う、みたいな慈愛に満ちたものでは全くありません。バラモンたちが「儀式を取り仕切る俺たちは偉いんだ」ということをアピールするために作られた箱だったので、宗教を謳いながら民衆に全く寄り添わないバラモン教に、人々の心は離れていきます。そして次第に、バラモン教批判に変わっていきました。民衆は、「もっと自分達の心に寄り添ってくれるのような宗教がいい」ということで、新たな信仰先を求め始めます。

そんな中で登場したのが、「仏教」なんですね。創始者はガウタマ=シッダールタ、すなわち「ブッダ」です。バラモン教の権威主義を批判しつつ、個人が正しい行いを実践して悟りを開き、生きる苦しみから「解放」することを説きました。

仏教の特徴として何よりも押さえるべきは、まさにこの「悟り」という部分です。つまり自分自身に対していろんなことを問うていって、自分の中にしかない苦しみを理解し、それから解放されるにはどうすればいいかを自分の力で考える。これが「仏教」の大きな特徴です。

これまで3つの一神教を紹介してきまして、それがキリスト教、イスラーム教、ユダヤ教でした。この三宗教はそれぞれ特徴が違いますが、共通する部分もあります。

まず、「神は唯一絶対であること」。信仰の対象である神はただ一つであり完璧な存在であると。

そして「神に祈りを捧げれば救われる」ということ。唯一絶対の神に対して崇め奉ることで、人は今の苦しみから救われるという考えが根底にあるのが、この三宗教です。

ところが仏教というのは、神に縋るのではなく、自分の中に自問自答をして悩みをはっきりさせた上で、自分の力で悩みを解決することについて説いてるので、三宗教とは考え方がまるで違うんですね。

創始者のブッダは元々王族の家系に生まれたんですが、その暮らしをあえて捨てて、「人が生きる上で抱える根源的な苦しみ」に向き合うために出家するんですね。そして彼は「人が苦しみを感じるのは煩悩、つまり欲があるからだ」という考えに行き着きます。食欲も性欲も全て等しく「欲」であるから、この「欲」さえなくせれば、人は苦しみから解放されると考えました。そこで彼は欲を捨てるために厳しい苦行を長きにわたって続けます。

ところが、食欲も性欲も、無くそうと思えば思うほど余計に欲が湧いてきてしまって、なかなか上手くいかないんですね。そうやって死ぬ寸前まで苦行を続けた結果、ついに彼は「欲を捨てようとするとさらに欲に囚われる。だから『欲を捨てようとする欲』すら捨てるには、ほどほどに欲を満たして、必要以上に求めないことだ」という悟りを開くんですね。

ここまで聞いての通り、それまでの三宗教とは考え方がまるで違うことが、よく分かると思います。三宗教の場合は、いずれも「神に祈りを捧げて、善い行いを続けることで救われよう」としてるんですよね。ところが仏教はそうじゃなくて「自分にしか分からない苦しみを自分で把握して、その苦しみを無くそう」としてるんですよ。一言で言うと、一神教は「集める精神」、仏教は「省く精神」と言えます。善い行いを集めることで苦しみを上書きしようとするのが一神教で、苦しみに焦点を当ててそれを省くことで心の平穏を保とうとするのが仏教、ということなんですね。

そう考えると今の「ミニマリズム」と考え方が近いかもしれません。これも「ものを持たない」っていう「省く精神」が根底にあるので、共通してるところは多いです。宗教と聞くと、一神教と仏教を一緒くたにしがちなんですけど、よくよく調べてみると実は全く違う考えだっていうのがよく分かります。

こうしてブッダの考えは、クシャトリヤ階層をはじめとして広がっていって、精神的な拠り所となっていきます。

さて、仏教と同じくバラモン教に対抗すべく生まれた宗教が実はもう一つあります。それが「ジャイナ教」と呼ばれるものです。

ヴァルダマーナという人物が起こした宗教で、主な戒律は「生き物を傷つけないこと」、そして「所有しないこと」です。これらの戒律を徹底して守ることを説いてるので、これがジャイナ教特有の「苦行」ということになります。仏教のように「欲はほどほどに満たす」というのではなく「食わないと決めたら死ぬまで食わない」というような極端さを持っているので、信者の数は世界的に見るとそこまで多くないのが現状です。

ジャイナ教は「無所有」を良しとしてるので、例えばお金が手に入ってもそれを使うようなことはしません。なので「一周回って大金持ちが多い」という不思議な傾向を持つ宗教でもあります。僕には極端すぎて、お金持ちになれるとしても信者には絶対なりたくないですね。お腹空いたら無理に我慢せず食べたいです。

ということで、前半はここまでにします。文明の発達から仏教の誕生まで解説してみたんですけど、皆さんどんな感想持ちましたかね?

僕の率直な感想は、「規模は大きくないけど、変化が早い」と言った感じですかね。インドはこれまでの地域と比較すると規模がそこまで大きくないんで、変化が起きたとしても相対的に狭いエリアに限定されてますよね。ただ、規模が小さいからこそ変化が広まりやすいというのもあるのかなという気がしてて、バラモン教から仏教に移る流れとかも、規模がもっと大きかったらこんなに早い段階で仏教なんて広まってなかったんじゃないかなと思います。なので、「地域の規模」と「変化の速さ」というのは、ひょっとすると密接な関係があるのかも知れません。あくまで推測ですけどね。皆さんも想像を膨らましてみると世界史をもっと面白く感じれると思うので、ぜひ考えてみてください。

では、次回はインドの歴史の後編ということで、インドが統一していく様について解説していこうと思います。忘れてしまったかもしれませんが、初期のインドといえば、アレクサンドロスの遠征に一気に晒された頃でもあります。また、中東編でも解説した、トルコ人王朝の支配下に飲み込まれるのもこの頃です。この辺りの解説もしていこうと思います。

そして、インドといえば何と言っても「ヒンディー教」の存在です。ソシャゲとか小説とかで「シヴァ」とか「ヴィシュヌ」という名前を聞いたことがある方も多いと思いますが、その神々が生まれた起源が、このヒンディー教です。「神々」と言ってる通り、ヒンディー教はたくさんの神が存在している世界を肯定しています。これがどういうわけなのか、その後どうなっていくのかについても分かりやすく解説していこうと思うので、楽しみにしていてください。

最後までご視聴ありがとうございました。次回もお見逃しなく。

それではまた。

参考文献:『一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書』

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一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書 公立高校教師YouTuberが書いた (刊:SBクリエイティブ) 世界史の教科書 amazonで見る
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